投資は「お金を増やす手段」ではなく、生き方を選ぶための手段です
「もっと自由に生きたい」
「やりたいことにちゃんと時間を使いたい」
そう思ったことは、一度はあると思います。
でも現実は、
日々の仕事に追われて気づけば一日が終わっている。
やりたいことは後回しのまま、なんとなく時間が過ぎていく。
このまま何も変えなかったら、
1年後も、3年後も、きっと大きくは変わらない。
だからこそ私は、「投資家として生きる」という選択をしました。
投資は、自分の“分身”を持つ感覚です
投資と聞くと、
難しそうとか、リスクが怖いとか、そういうイメージを持たれがちです。
ただ本質はすごくシンプルで、
「自分の代わりに働く存在を持つこと」です。
イメージとしては、昔のパーマンに出てくるコピーロボットみたいなものです。
自分が寝ていても、遊んでいても、何をしていても、
もう一人の自分がずっと働き続けてくれる。
それが投資です。
しかもこの“分身”はかなり優秀です。
・休みません
・文句も言いません
・むしろ環境が厳しいほど成果を出します
普通の仕事だと、きつい環境は避けたいですよね。
でも投資の世界では逆で、
変動が大きい場所ほどチャンスも大きくなります。
うまく使えば、
自分が働いていない時間でも、資産が積み上がっていく状態をつくれます。
「働いてもいいし、働かなくてもいい」状態をつくる
この分身を少しずつ増やしていくと、
どうなるか。
シンプルに、
「働いてもいいし、働かなくてもいい状態」に近づいていきます。
ここがかなり大きなポイントです。
多くの人は、収入を労働に頼っています。
だからこそ、多少無理をしてでも働き続ける必要があります。
一方で、投資によって収入源が増えると、
お金は労働だけに依存しなくなります。
すると、選択の基準が変わります。
・稼げるかどうか → 自分がやりたいかどうか
・安定しているか → 面白いかどうか
この変化は派手ではないですが、じわじわ効いてきます。
仕事の選び方も、人との付き合い方も、時間の使い方も、
少しずつ変わっていきます。
お金は目的ではなく、あくまで手段です
私自身、お金の知識を身につけていく中で、
一つはっきり気づいたことがあります。
それは、
「お金は目的ではなく、手段でしかない」ということです。
では、その手段は何のためにあるのか。
答えはシンプルで、
「自分がどう生きたいかを実現するため」です。
逆に言うと、
ここが曖昧なままだと、投資をしてもあまり意味がありません。
ただ数字を増やすゲームになってしまうからです。
「どう生きたいか」がすべてのスタートです
投資の前に一番大事なのは、手法ではありません。
「自分はどう生きたいのか」
ここを言葉にできるかどうかです。
これが明確になると、
・どれくらいの資産が必要か
・どのくらいのスピードで増やすか
・どこまでリスクを取るか
すべての判断がブレなくなります。
だから私は、
「自分の生き方をちゃんと表現できる人」を増やしたいと思っています。
投資は、そのための一つの手段に過ぎません。
なぜファンダメンタルで投資をしているのか
投資にはいろいろなやり方があります。
チャートを見て売買するテクニカル分析や、
短期で利益を積み上げるトレードもあります。
その中で私がファンダメンタルをベースにしている理由は、
シンプルに「大きな流れに乗るため」です。
短期の値動きを追いかけるよりも、
・どの産業が伸びるのか
・どの技術が社会を変えるのか
・どこにお金が集まるのか
こういった“流れそのもの”を見て投資する方が、
リターンのインパクトは大きくなります。
株式と暗号資産を軸に投資しています
現在は、
・株式
・暗号資産
この2つを軸に投資をしています。
株式は大学時代から続けていて、
企業の成長に乗れるという意味で、今でも大きな柱です。
そしてもう一つが暗号資産です。
特にビットコインは、
アメリカの投資準備金に選ばれたこともあり、
単なる投機対象ではなく、資産としての位置づけが変わりつつあります。
さらに今は、
・不動産
・金
・株式
こういった資産がどんどんオンチェーン化しています。
つまり、
価値の持ち方そのものが変わり始めています。
その中心にあるのがブロックチェーン技術です。
この流れは一時的なものではなく、
むしろこれから加速していくと考えています。
投資は、人生の分岐をつくるものです
投資をやるかどうかは、正直どちらでもいいと思います。
ただ一つだけ言えるのは、
その選択は数年後にしっかり差になります。
収入の柱が一つか複数か。
時間の自由があるかないか。
選択肢を持てるかどうか。
この差は、最初は小さいですが、
時間とともに確実に広がっていきます。
気づいたときには、
同じスタートだったはずなのに、いる場所が全然違う。
投資は派手なものではありませんが、
そういう“分岐”をつくる行動だと思っています。